2016年の冬、私の住所地を所管する警察署――と言うと堅苦しいが、簡単に言えば、住んでる地域のいちばん大きな警察署へと向かった。
猟銃を手にするためにまず必要なのが、「初心者講習会」の受講であり、申し込みは所轄の警察署である。
警察署というのは、たいてい市役所や庁舎のすぐ近くにあって、たいてい古い。一般企業なら設備を新しくするために移転すればいいのだが、警察署はそうも行かない。土地も建物も税金の塊だ。ゆえに、古い鉄筋のビルを何十年も使い続ける。
とはいえ古くとも味があっていいと思うけれど。
天井の低さも、やたら広いが段差の狭い階段も、機能的でない廊下の配置も、趣があってよろしい。まあ、私なんて数年に1回来るかどうかという立場なのだから気楽なものだ。
今までは、ね。このときの私はこの警察署に今後何度も何度もお邪魔することになるとは思っていなかった。
銃を管轄するのは警察署の「生活安全課」だ。
あらかじめ電話してみると「はい、いつ来てもいいよ」ということだったので、会社の休みを取って(なんせ警察署は平日にしか営業していないのだ)向かった。いや、正確に言うと、ちょうど風邪ひいて会社も休んでいたけど午後には元気になったので「よっしゃ猟銃始めるべえ」という気持ちになって車を駈った。
暗い廊下の先に生活安全課はあった。……古い建物、暗い廊下、人気のない館内……これダンジョンじゃない?
「あ、すぐ案内するんでちょっと外で待っててねー」
入ったら先客がいるらしく追い出された。すぐに担当のお姉さんが出てきて、「講習会の収入印紙ある? ないなら買ってきて」と言われ、敷地内併設の「交通安全協会」へと向かった。
これ、アレだな。運転免許試験場にあるヤツだ。収入印紙とか買うところ。
敷地内に併設、とは書いたけどプレハブみたいな小屋が駐車場内にあるだけではあった。講習会の料金、しめて6,800円を支払って収入印紙を得る。高いな、と思ったが、この後にかかってくる費用を考えればこの程度などはした金であることをこの時の私は知る由もなかった(こんな展開ばっかり)。
この収入印紙を申込用紙に貼り付ける(申込用紙はネットでPDFをダウンロードできるが写真のサイズとかは結構適当だった)。
生活安全課に来ていた先客は帰ったようで、入ってすぐのパイプイスに座らされる。この課が担当している手続き用紙を書く場所のようで隣のキャビネットには大量の用紙が格納されていた。警察署もお役所なんだなと私は妙な得心をする。
書類に不備がないかを確認すると、お姉さんによる質問が始まった。
「あのね、猟銃っていうのは銃なの。特別に許可された人しか持っちゃいけないのよ。だからちょっと質問させて」
「はい(ほんとにあるんだこの質問。ネットで調べてた通りだぜ!)」
「目的は?」
「狩猟です」
「……今どき狩猟を趣味にって珍しいよね? なんで?」
「(山賊ダイアリーや亀五郎の動画とかこの人は知らないんだろうか……)わりと最近は流行ってると思いますよ」
「そうなの?(苦笑気味)」
「ええ(苦笑気味)」
「狩猟を趣味にしたいの?」
「えっと……有害鳥獣駆除とか、猟友会に入って活動とかもゆくゆくはしていきたいんですが、最初は趣味からでしょうか」
「ふうん……ご家族はこのこと知ってる?」
「(まるで悪いことしてるみたいな言い方だけど、まあ確かに猟銃は奪われて強盗とかにも使われるもんなあ……)知ってます」
「そう。それじゃあ講習についてなんだけど――」
質問は終わったらしく講習会の話に移った。とはいえ簡単なもので、その場で電話をかけて講習会の空きがあるか確認してもい、OKを得る(生活安全課ネットワークみたいなのがあるのか、「××警察署の●●ですが~」という感じですぐ終わった)。
私の顔写真つき申込用紙は向こうが預かり、6,800円の受領証を得て今日は終わった。
「……簡単だな」
そう、あまりにも簡単ではあったけれども、それでも「狩猟を始める」第一歩であることは間違いなかった。